2016年12月29日木曜日

勝ち栗


勝ち栗をいただきました。
殻付きなのは初めて。
晒乾して炒り、また干して炒り・・・焦がさず作る保存食。

栗は日本的な食材のような気もするけれど、古代から中国にもヨーロッパにもある森の恵。

日本では、縄文時代には、北国の主食であったとの記録も。
桃栗三年、柿八年 柚子の大馬鹿十八年(あるいは梅すいすい十六年)
3年で収獲できるまでになるところも、心強かったかな?

4−5世紀にまとめられたローマの料理書『アピキウス』にも、胡桃、榛(ヘーゼルナッツ)、アーモンドと並んで、栗が出てきて、家畜の飼料にされていたりもした様子。
6世紀、北魏の時代にまとめられた中国最古の農書『斉民要術』(全十巻)には、4巻の果樹の部で、棗、葡萄に次いで、杏、梅、栗が紹介されています。
寒さにも強いこともあり、命の糧として、古今東西にゆるぎない存在であったようです。

砂糖が普及してからは、栗羊羹に天津甘栗、マロングラッセ・・・女性好みの甘物として象徴的地位も獲得。最もオシャレに変身できる滋味な食材です。

鬼皮に守られ、渋皮に包まれ、それでもこの地位を守ってきた栗!!
乾物とは見分けが付かないこの風貌も相まって料理してしまうより、御供えにしたくなってきました。

しばし飾って拝んで、「勝軍利(かちぐり)」縁起モノとして、おせちに仲間入り。
あはは・・・確かに、皮むき作業には、鋭・鋭・応〜!の勝ちどきが必要かも。


2016年12月21日水曜日

ゴパン




東南アジアの友人が言う「ごはん」がどうしても「ゴパン」に聞こえてしまって、何度も聞き直しては笑った。黒米を加えたこのパンを焼くと、いつも彼女のことを思い出してしまう。このパン、彼女に食べさせて、また「ゴパン」と言わせたい(笑)。
これは、米粉パン反対派のごはん入りパン「ゴパン」です。

試行錯誤を繰り返してやっと理想的な配合が決まりました。
お正月の里帰りにはコレを手土産にしようと、沢山焼いたのはいいのですが・・・。
冷凍庫がパンで一杯です。

時間の算段、懐の算段、冷蔵庫内の算段・・・いずれも厳しい年の瀬です。



2016年12月19日月曜日

お櫃



ここ数年、二の足を踏んでいたお櫃を、思い切って買いました。
栗久さんの秋田杉のお櫃。
炊きたてのごはんをお櫃に移しかえるだけで御飯が美味しくなる。
更には、冷めても美味しい。
お冷や御飯が美味しいのです。温めたくないくらいに。

栗久さん曰く「お櫃に入れておけば、夏場も常温で2日間大丈夫」。

まだ夏は越えたことがありませんが、なるほどごはんの傷みというのは、湯気が水滴になり、それが傷むところから始まるのだなと、お櫃の御飯と付き合うようになって分かってきました。

ひと昔、ふた昔前、薪木をくべ竃で御飯を炊いていた頃のごはんに近づこうと、家電メーカーが研究に研究を重ね優れた炊飯器を生み出していますが、実は炊く美味しさ以上にお櫃の「保存」の美味しさが、キモだったりするのではないか!??
そんな思いが、ふとよぎりました。

高級炊飯器を使ったことがないのでわかりませんが、もし、ごはんをお櫃に移すひと手間が、十数万円もする炊飯器を越える美味しさを提供していたら・・・!!

なんだかほくそ笑んでしまいそう。

工芸と工業。天人合一と人定勝天のせめぎ合い。
ヒトは何でも叡智で乗り越えようと試行錯誤をして来ましたが、それを杉のわっぱがスッーと涼しい顔で成し遂げててしまったような・・・。

もう少し自然に寄り添うことで簡単にかなえられる喜びが、まだまだ沢山あるような気がしてきます。

何千万円も使って宇宙に行かなくても、数十万で行けるところにもロマン溢れる大自然が沢山あるし、里山の息づかいも捨てたものじゃございませぬ。

そんなことを思いつつ、江戸の長屋のおよねさん(仮名)になった気分でお櫃のお冷やごはんをよそい、お茶を掛ける。

ずるずるずる)))))

んまい!

美味しいお漬け物、漬けたくなります。

温故知新か先祖返りかと笑われるかもしれませんが、暮らしの中の道具、人の手を出来るだけ近くに感じていたいものです。


さて、欲は尽きぬモノで・・・・。
お櫃に入るに相応しい美味しいお米も欲しくなります。
コチラは、料理研究家の冬木れいさんから、青森土産にいただいたお米『晴天の霹靂』。
斬新なパッケージには「ごはんが好きになるお米」と。
お櫃とコレで、ごはんがもっと好きになった今日この頃です。


2016年12月16日金曜日

柚子味噌


毎年八丁味噌で仕込む柚子味噌。
今年は、白味噌バージョンもプラス。

2食のふろふき大根を楽しもうという寸法です。

雅な白味噌、骨太な八丁味噌。どちらも好きですが、どちらもどこかよそ行き気分。
それはきっと、記憶にある祖母のふろふき大根が、いつもの味噌汁使用のお味噌で作られていたからだと思う。

柔らかく炊けた大根いっぱいの大きなお鍋と、味噌を練った小鍋が、まるでビュッフェのようにテーブルの上に置かれ、各自大根をすくっては味噌を掛け掛け食べたものです。
大根と味噌、両方を熱々で供しようとした苦肉の策だったのか、単なる横着か??

小鉢に盛りつけられたふろふき大根を「1ケでは足りない・・!」と感じてしまうのも、そんな「食べ放題ビュッフェ大根」に親しんだからかもしれない。


味噌は、生活感をあらわす最もさりげなく最も深ーい素材。
昨年のドラマ『天皇の料理番』では、マッカーサーの「日本人にとって天皇は?」との問いかけに宇佐美さんが「味噌のようなもの」だと応えましたっけ。「味噌は生まれたときからそこにあって、当たり前すぎて、その意味など考えたこともない。でも、明日から味噌を食べるなといわれたら、とてつもなく寂しく、暴動が起きるでしょう」と。
宇佐美さんは、天皇制を味噌に喩えましたが、味噌の歴史は天皇家ぐらい古いという、ドラマとは別の意味でこのセリフを思い出してしまいました。

味噌は飛鳥時代に大陸から伝わったと言われます。
正確には、大豆醗酵食品の「醤」という形で伝わったわけですが、味噌汁で味噌を食べるようになったのは鎌倉時代なんだとか。
一汁一菜という言葉もその頃からでしょうか。

仏教伝来と共に肉食のタブーが広まっても、日本人は味噌を始めとする発酵により生まれるアミノ酸で栄養のやり繰りをしてきたともいえます。
正に命の源、米と味噌。

そんな味噌。日本全国いろいろな味噌がありますが、土地土地の食文化を体現していると言っても過言ではないですね。

旅のような私の人生。やはりふろふき大根も、東西の味噌ハーフ・アンド・ハーフぐらいが相応しいかな(笑)。

一日1食1品は味噌を使ったお料理をいただくことが、目下、私のささやかな健康法です。





2016年12月7日水曜日

武則天(2)

「天にあっては、比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん」 
詩人白居易の「長恨歌」の中の有名な一節。
安碌山の乱が起きて都落ちすることになった玄宗帝が、楊貴妃に語ったとされるくだりです。

楊貴妃は、蜀(現在の四川省、三国志では劉備の国が蜀)の出身でしたが、実は武則天も蜀の出身。奇遇にも、唐を揺るがした女。ちなみに、玄宗帝は、武則天の孫に当たります。

あまりに有名な楊貴妃と玄宗帝のお話ですが、その少し前の伝説的な女性が「武則天」。
日本人にはちょっと馴染みの薄い人物だけに、このドラマ、興味深く82話(!)を見終えました。どの程度歴史に忠実に描かれているのかは分かりませんが、系図と参照すると、この辺りは正確に描かれているようです。【下図参照】

唐の二代皇帝李世民の才人(後宮の女性)でありながら、次代皇帝李治の皇后となる武則天。
ドラマでも、書物をよく読み知性の高い女性として描かれていますが、彼女は女帝となっていた14年間で元号や称号を度々変えている他、漢字も新しく創ったりしています。政治権力維持や統制の為の意図もあったでしょうが、それらは思想的であり、教養の高さを感じさせるものです。

先に「唐を揺るがした女」と書きましたが、武則天の治世の元号を周としたりということもあり、李氏一族の統治から逸したという意味では「唐を揺るがした」といわれるのかもしれません。が、楊貴妃とは異なり、二代皇帝李世民、三代李治を受け継ぎきっちり国を治めた人物として描かれていますし、史実としても、武則天の治政は安定していた次代といわれます。
ちなみに、その後の玄宗帝も唐の栄華を極めた名君として名高い人物だったそうです。
(玄宗帝の両腕となった官僚は武則天が見出し引き出した人材です。)

そんな唐代。日本は奈良〜平安。思いを馳せるには少々遠いのか、戦国時代にくらべるとあまり人気のない時代ですが、中国の方にとっては、三国志と並んで、何度も何度も描かれドラマが製作される思い入れの強い時代のようです。
中国人の中華思想やプライドも、世界に馳せたこの時代の栄華が根っこにあるのかも!??

年号が唐から宋、宋から元、元から明、清・・・と移り変わっても、日本人は「唐モノ(からもの)」「唐モノ」と言って、中国=唐というイメージを長く持ち続けていたのですから、その文化的影響力は、否めません。

さて、ドラマ『武則天』。
ファン・ビンビンの美しさ、陰謀の数々に翻弄されながらも、何かエッセンスをつかめたかな〜)))。ハデハデの衣装や舞台装置などは、今の中国のテイストを反映しているのかな〜??
ドラマ前半は李世民役のチャン・フォンイーが流石の名優ぶりで確かな存在感。後半に伸してくる李治役のアーリフ・リー、中国では大人気俳優とか。皇太子から皇帝へ成長と共に変わる演技も密かな見所。どんどんハンサムになっていきます♪
華のある役者でガッチリ固められたキャスティングには、中国のパイの大きさがひしひしと伝わってきます。

チャンネル銀河につづき、BS12での放送も始まっている様子。
http://www.twellv.co.jp/event/busokuten/archive.html

82話は大変ですが、やっぱり見応えあります。オススメです。





【『国をゆるがすおんなたち』より】



2016年11月15日火曜日

月餅  超満月(スーパームーン)


昨夜は、スーパー・ムーン。残念ながら、雨模様の空で、お月見とはいかなかったけれど、11月。お月見には、中秋の頃より風情のある時候のような気がして、遅ればせながらの月餅づくりに勤しみました。

秋の収穫を祝う縁起食であると同時に、健康、家族円満、団欒の象徴として、食べられる月餅。

ひとつひとつの素材を刻みながら、秋〜冬の滋養食だなぁ・・・と、しみじみ。))

日本のお月見では、お団子を御供えして、ススキを活け・・・お月様を見上げては「月ではうさぎがお餅を搗いているよ」なーんてといいますが、中国では、うさぎが搗くのは薬草なのだとか。
嫦娥(ジョウガorコウガ)という神話に出てくる人物が、仙薬(=不老不死の薬)を飲んで体が軽くなり、月に昇っていって帰れなくなってしまったという話がもとになっているという。こんな中国の神話が、日本のかぐや姫の物語にも繋がっているというから、なかなか古典の世界も奥深い。

さて、月餅の歴史もまた、この伝説と同じくらい古いのです。そのルーツは周代(紀元前)にまで遡るのだとか。
唐代のはじめ頃には「胡餅」と呼ばれていたようで、「胡」の文字から、西方から伝わったことがしのばれます。餡に使われていたのは、胡桃や胡麻、干し葡萄、無花果、杏、棗などの木の実や干果。なるほど、西域から伝わった食材達が豊富に入りスペシャル感満載です。

宋代に入ると、中秋に月餅を食べる習慣は民間にも広まり、餡にも地方地方の気候風土や民族性が反映された多彩なものに。


さて、あらゆる食材が手に入る21世紀の日本で、私が作る月餅は・・・

時代をズズズ・・・と遡り、やはり初代、百果月餅。 
38万キロ離れた月の節句のお菓子ですもの。想いも遠くに馳せるとしよう。





真に風流な、秋〜冬の滋養食ですねえ)))。




2016年11月7日月曜日

12月の健美膳

12月の教室は・・・と、献立に思いを巡らせる今日この頃。
一年は、ほんとにあっという間です。

昨年は、車エビ、一昨年はフィレステーキ・・・今年も、最後の料理教室はちょっとグレードアップ。 久々のカニ料理でいきます!
国産ワタリガニ♀を丸ごと一ハイずつ、スパイシーに仕立てていただきましょう!

蟹は生きたものを扱わないと、味がガタ落ちです。
自ら上げると丸一日は生きていられない為、日曜日の教室での利用は難しいかと思われお魚屋さんに相談してみたところ、なんと、あの生け簀にある「ブクブク」を貸していただけることになりました(!)。日曜日、水曜日(市場の休みです)の前日は、ワタクシ、ベランダで蟹を飼うことになりそうです(笑)。
天皇の料理番 秋山徳蔵のザリガニ脱走事件みたくならないように、気をつけます。

  『健美膳クラブ(crab)』
  <内容>
  ・キノコのスープ

  ・マッシュルーム、ロメインレタスの変わりサラダ

  ・ワタリガニのケイジャンスタイル スパイシー・クラブ

  ・黒米のパン

   ★恒例1 クリスマスプディング風 フルーツケーキ & ダージリン

   ★恒例2 お屠蘇づくり


   日時:12月3日(土)、4日(日) 7日(水)満席 10:30〜14:30

    ※この回は、初めての方にはご参加いただけません。




2016年11月1日火曜日

11月の健美膳



せいろの湯気が嬉しい季節になりました。
11月の健美膳は、久々に蒸しパンづくりです。
今回は、冬のおやつにぴったりのあんまんと割包。あんこのバリエーションをお楽しみいただきます。それから、お正月のおせちにも入れたい紅麹を使った薬膳バージョンの紅叉焼。艶やかに焼上げましょう♪


   「包む x 包む」
   〜ふかふか点心膳〜
  
   ・黄ニラと銀杏の湯葉豆腐煮込み
   ・割包 & 紅叉焼  
   ・棗あんまん、ゴマ餡饅
   ・美味しい中国茶

   キーワード「潤」

日時:2016年11月5日(土)、6日(日)、16日(水)    満席御礼!


2016年10月24日月曜日

本との出会い。



九段下の寺島文庫カフェに、中島岳志さんの本がありました。
5年以上前に書かれた本ですが、今気になるキーワードがいっぱいです。

中島さんの本には、本質に迫る何かを感じます。
食と広告の繋がりも・・・考えさせられること沢山あります。

この本、お正月の1冊に IN!!

2016年9月24日土曜日

武則天(1)

武則天(日本では則天武后とよばれる)役に、中国トップ女優のファン・ビンビン、唐の名君、李世民にはチャン・フォンイー(レッドクリフの曹操役)等、豪華キャストを据えた高予算(!)中国宮廷ドラマ。

武則天は、中国三代悪女 - - - - 呂后(漢代)、武則天(唐代)、西太后(清代)- - - - にもあげられる中国史上唯一の女帝。
(巷には、悪女三人の中の、武則天と江青(=文革を指導した毛沢東夫人)を入れ換え三悪女となさる方もいらっしゃるようで。お三方の中では悪女度は3位ということでしょうか(??)。)

悪女の根拠となる逸話は、血なまぐさい陰謀と残酷さにまみれていますが、残虐さが強調される逸話とは反対に、ドラマ前半40話では、武則天の強運と賢さで数々の陰謀をくぐり抜けていくというストーリー展開です。

これはあくまでドラマですが、思えば、歴史上で「悪女」と呼ばれる女性に共通するのは、男勝りで知勇に優れていること。ついでに美貌も兼ね備えたていたりする。そんな女性が、歴史の表舞台に立たんとするとき、時代時代の「世間」が彼女らを「悪女」と位置づけるようです。
運命に翻弄された部分が多いとはいうものの、権力闘争と妬みをくぐりぬけ生き残るには、美しさだけではダメで、頭の良さが必須(!)。智恵を駆使して乗り越えていくうちに、気がつけば、自らの手をも血で染めてしまっているということなののかもしれません。

ドラマでは、正義感あふれる若い武則天が大奮闘していますが、82話まであるんだとか(^^;)。さて、どう着地するのでしょうか???

ドラマでの衣装に料理、お茶、毒薬(毒殺に出てくる生薬)・・・歴史考察はけっこう甘く、ついつい突っ込みをいれたくなりますが、なかなか手の込んだストーリー展開。はたまた、折々に魅力的な響きの四字熟語や漢詩がでてきたりなんかして、つい見続けています。

それにしても、ドラマでの宮女たちの髪型がすごい!!
マリー・アントワネットの、頭に船を乗せた髪型がありましたが、アントワネットもびっくりの巨大な頭(笑)!
        

・・・・流石に、これは違うような気がしますけれども。)))

手持ちの本には、こんな絵が載っていました。
唐代の宮女たちのティータイムの様子です。

宮楽図(唐代)
重いものを持つことなど無さそうな後宮の女たち。実は、大きな荷物を頭に乗せて歩くインドやアフリカ、東南アジアの働き者の女達にも勝る筋骨の持ち主やもしれません(??)。

いやはや・・・・。

もしドラマに出演した女優さんたちにインタビューできるとしたら、是非この、ものすごいカツラの感想を訊いてみたいところです。

オシャレは、美しさの強調というより、威光の象徴、強さの表現だったことだけは、なんとなく分かります。

それから、髪型や結い方で、身分の高さが表現されているというのもあるのでしょう。
ドレスのような着物の装いや派手な髪型や紙飾り・・・やりすぎるとなんだか吉原の花魁みたい。


勝てば官軍。塗り替えられる歴史のストーリー。
はたして武則天はどんな女性だったのでしょう? 歴史は永遠のロマンだ〜〜))))。

ちなみに、武則天は、ファン・ビンビンのような清代美人像の細顔ではなく「方額広頤(=四角い額と広く張った頤(エラ))の「美女」であったとか。

龍文石窟の盧舎那大仏(河南省洛陽市)は、武則天が自らに似せて造らせたとの伝説が残っています。

 どう??





2016年9月20日火曜日

10月の健美膳

あつあつ揚胡麻団子

秋、「潤い」を意識し始める季節です。

中医学には「滋陰」という言葉があり、陰液=血と津液(全身の水分)を滋養するという意味。
陰と陽。これに「気」という文字をつけたら、陰気と陽気。
陰気はなんだかネガティブな響きに感じられますが、潤いなのだと思うと、ちょっとイメージが変わります。
体の60%は血液と水分。陰があって陽の艶もでるというもの。表裏一体のありようを紐説きながら、体が喜ぶお料理をいただきましょう。


   「女性の要サポート」
  〜血を整え老化予防〜

   ・夏草花補全スープ
   ・烏賊のお料理
   ・古代米の赤飯 
   ・熱々揚胡麻団子
   ・おいしいお茶

   ※ 料理内容は、食材の都合等により変更になることがあります。

  エッセンシャル食材:夏草花 木耳 イカ 黒米 胡麻 
        テーマ:養血、滋陰、陰陽

 日時:10月1日(土)、2日(日)、11日(火) 10:30~
 

老松の篩月




太陽より月が気になり始めたら・・・・秋ですな。

先週は、闇夜の十五夜でちょっと残念な気持ちでしたが、私の中秋は月餅と共に或る♪と、気を取り直し、カレンダーの予定とにらめっこしながら月餅作りの日を算段。
もう少し風が冷たくなるのを待ちたいと思います。

月のパッケージに魅かれ、お茶請けにコレ。 老松の篩月(しげつ)。
月明かりのようなやさしい甘さです。


2016年9月16日金曜日

9月のNHKカルチャー


胡瓜のプリン


春夏期の最後の教室、メニューは羅漢果ゼリーのあんみつ風と胡瓜のプリン。
夏野菜の代表、胡瓜。ついにデザートに・・・!!

今年の夏は、ホントによく胡瓜を食べました。
その分、ゴーヤとはちょっと疎遠だったような・・・。


胡瓜のプリンは、最近めったにお目に掛からないけれど「プリンスメロン」のような瓜ウリした香りです。「西瓜の香りだ!」という鼻の効く方もいらっしゃったりなんかして(笑)。
瓜に共通する香りを実感した今日の一品でした。

そういえば、羅漢果も、瓜なのだけれど、コチラはなんだか少々素性が違います。
なんといっても修行を終えていますから(笑)。
この瓜科の実が修行したのではなく、修行を終えた羅漢が、自生している果実の優れた働きを見出したと言われているのです。その効能も、まさに自然の恵み。

ヒロシマの街、巷では「神ってる」カープの優勝に湧いておりますが、羅漢果の恩恵を知った人々にとってまさに「神ってる」果実=長寿の神果、羅漢果だったのでしょう。


 ● 羅漢果: 
  産地:広西省チワン族自治区の東北部、桂林周辺。
  性味:涼・甘 / 帰経:肺・脾
  化痰止咳 清肺止咳 潤腸通便 生津止渇
  肺熱を取り、咳を鎮める効果がある。乾いた咳に。腸燥便秘にもよし。
  乾燥させることで、腸内ビフィズス菌の栄養になる
  テルベングリコシド配糖体を生む。
  その他、ミネラル豊富。

2016年9月5日月曜日

雪菊茶


雪茶、雪蓮花、そしてこの雪菊茶。 チベットのものは、名前に「雪」の文字が付くものが多い。

天山山脈、崑崙山脈の、雪の中で成長した野生菊。
厳しい環境で育った植物には厳しさに耐えるチカラが備わっているみたい。

標高2千メートル以上のところで摘まれているらしいこの小さな花を、数つぶ湯呑みに入れてお湯を注ぐと、みるみる黄色が滲み出て、さらに褐色を帯びる程に。なかなかストロングな菊茶です。

菊は中枢神経の鎮静作用がありリラックス効果が高くて、消炎作用、肝臓解毒作用、視神経にも作用して疲れ目、ドライアイなどの助けになる。この雪菊にはビタミン、アミノ酸も豊富なんだとか。

エベレストはネパールだっけチベットだっけ?? ・・なんて思いながら、地図帳をめくり、チベット高原の頁を見ると、エベレストに肩を並べる標高7、8千メートル級の山々。人を寄せ付けない環境。その畏れ多い山々のエキスを含んだ雪解け水で育った植物が生薬になり得たことは、自然の成り行きのように感じます。

雪菊茶を啜り、・・あぁ〜・・効くぅ〜〜。




2016年8月31日水曜日

カルダモン



その香りは、コショウに通じる辛味に茗荷や新生姜のような爽快感とエキゾチック感がプラスされ、存在感がありながらも軽やか。

私はこのカルダモンというスパイスが大好き。

名前もいい。
カルダモン。
「(オレは)オレだもん♪」と言っているみたい。
オレはオレさ」 “I yam(=amが鈍ってる) what I yam とはポパイのセリフ。楽天的な感じでいながら、実は頼もしい。

そう、カルダモンは、お肉にもお魚にも野菜にも、そしてデザートにも使えるという頼もしさがあり、ブレンドされても、脇役使いでも、凛として確かな存在感を放つ。

このキャラ、男性でも女性でも魅力的ですが、スパイスワールドでは、コショウが王様でカルダモンが女王と言われています。
共に活用の幅では1,2を争いつつ、圧倒的パンチ力とお肉との強い絆に軍配があがり、コショウがキングに。カルダモンは、優しさとエレガンスでクイーンに…というところでしょうか。


中医薬の観点からは小豆蔲(ショウズク)と呼ばれ、お仲間の白豆蔲(ビャクズク)同様、「芳香化湿」(=香りの刺激で水分の代謝を促進)、「理気温中」(=気の巡りを促進し、お腹も温めてくれる)とされています。その揮発性の爽やかな香りが一役かっているということのようで、胃腸の機能性を気の流れ面からバックアップしてくれるという訳です。

その香りを活かすには、カリーの仕上げブレンドスパイス 「ガラムマサラ」然り、料理の終わりにパパッと振りかけるのが良さそう。でも、スーッと爽やかな部分を煮て飛ばしてしまい、残された甘い香りで料理の甘さを引き立てるなんて使い方もあるのです。
スパイスを加えて煮詰める牛乳デザートのクルフィや人参と牛乳とスパイスを煮詰めたガジャルハルワなどがそれです。
辛さとも甘味とも仲良くできるなんて、なんて社交的なスパイスなんでしょう♪
バランスのよさと親しみやすさで魅力的な “クイーン” です。

カルダモンがミルクの甘味を引き立てるデザート、クルフィ。
9月の料理教室に、登場予定です。



2016年8月17日水曜日

冬虫夏草


「冬虫夏草は悲しい。冬は土の中で過ごして、夏はキノコになってしまうんだから。」

『宮廷女官チャングム』の23話に出てきたセリフです。

このセリフにある通り、冬の間、虫(コウモリ蛾の幼虫)が、地中に潜伏している間、寄生した冬虫夏草属の真菌(コルディセプス・シネンシス)にジワジワ養分を吸い取られ、夏になる頃にはすっかり体を乗っ取られて“草” =キノコになってしまうというもの。

この菌は、他の虫にも寄生することが可能なのだそうですが、チベットの標高3000m以上の高山に生息するコウモリガの幼虫に寄生したものが群を抜いて優秀な成分の冬虫夏草になるらしいのです。動植物性両方の生薬の良いところを集約した稀少な中医薬。その効能も、滋養強壮、疲労回復、諸病治癒、不老長寿....と、かなりの万能ぶり。

古くは仙人の食べものという位置づけで道教思想とも深く結びつき、五行の自然哲学が生まれる過程でも一役買っているらしかったり、かの秦の始皇帝の為の不老長寿の薬草を捜すという徐福伝説にも関わりがあるとされていたりと、冬虫夏草伝説は、紀元前まで遡ります。
時代は下って唐代、楊貴妃におぼれた玄宗帝が不老の為に、かたやその寵愛を受けた楊貴妃が永遠の美の為に冬虫夏草を重用したとか。楊貴妃は冬虫夏草がとれる蜀(=現在の四川省・雲南省辺り)の国の出身なので、楊貴妃がもたらしたとも??
近代では、清朝全盛期の6代皇帝乾隆帝(在位60年間、88歳で逝去!)もご愛用であったとか。

記憶に新しいところでは、1993年の世界陸上〜そして2008年北京オリンピックで、中国が驚異的な成績をあげた影に、冬虫夏草(とスッポン、亀)に支えられた過酷なトレーニングがあったというのが話題になりました。

冬虫夏草はドーピングにはなりません。そのままで、素晴らしい万能サプリぶりを発揮してくれる “食材” なのでした。ですが、天然の冬虫夏草は1キロ百万円以上(!)。(この数値は産地によっても異なり暫定的なもの。現在日本に冬虫夏草の輸出は行われていないみたい。)選手への処方は1日分だけでも相当な額になるので、これはもう国家の威光をかけてのプロジェクト・・・!

ともあれ、何時の時代にあっても、とても庶民には手の届かないスーパーフードなのでした。
ああ・・・(溜息)。

でも、世の中には、溜息をつくだけではなく、先に触れたように「他の虫でも可能」なキノコなので、類似品の培養に果敢にチャレンジしている人達もいらっしゃるようです。
「さなぎだけ」はそんな一品。蚕のさなぎに寄生させて作られた「サナギダケ冬虫夏草」。蚕も蛾の幼虫。なるほど、なんだかイケそう(!)。

成分は自然採取のコウモリガ冬虫夏草には遠く及びませんが、それでも癌細胞に有効なβグルカンやナチュラルキラー細胞を活性化するホルモンのメラトニン、アガリスク茸に含まれることでしられる腫瘍壊死因子、活性酸素の除去に効果がある成分等々を含む冬虫夏草を作り出している研究所が国内にも複数あるようです(!)。

4年後の東京オリンピック、国産冬虫夏草の摂取で日本選手が大活躍!!・・なーんて、ことが起こったりして!??? 


夏草花(乾燥さなぎだけ)
品名:「夏草花」
原材料名:「乾燥さなぎだけ」、中国産。
名前に「虫」がないのにお気づきですね(笑)。
これは、虫で培養したものではなく、虫に類似の成分を添加した培養基で製造したもの。
ひょっとしたらまがいモノ系(??)....かもしれませんが「虫で培養していません」と、名前で表明しているところが潔い(笑)。

5千年に遡る伝説にまで触れたからには、最後はホンモノの冬虫夏草の薬膳スープなどでしめたいところですが、小市民の私には、高値の花。今のところは夏草花で、冬虫夏草の疑似体験と参ります。ゴメンナサイ。
ともあれ、歴史は古く、研究は新しい食薬なのであります。


ちなみに、含有成分の有効性は現代科学によって分析、立証されています。
なかなか充実した成分ですが、続けて食することで初めて諸々の効果が見込める長期服用型(=冬虫夏草が沢山必要)でもあることを付け添えておきます。

ということで、夏草花を楽しみつつ、高貴薬をもとめるより、ごくごく普通の日々の食事からでもしっかり栄養吸収できるよう、胃腸の機能を高めることを心掛けるとしましょう。
だって、「薬より食事」っていいますもんね♪


■冬虫夏草
 性味:温〜平・甘   /  帰経:肺・腎
 補益 助陽類 益腎補陽 滋陰補肺 止血化痰 
 原産地・主産地:チベット、中国四川省、青海省、湖南省、雲南省など


 * * * * * *


マカオのカジノホテルのブティックで売られている冬虫夏草。
カジノで圧勝しないと手に入らないってこと(笑)

こちらはホンモノ、チベット産のようです。
人参、田七人参、冬虫夏草・・・高貴薬の棚か!?
冬虫夏草、手のひらに乗せた量が1万円以上であえなく退散でした。

2016年8月7日日曜日

9月の料理教室

「タコロジー」

集いの食Part2!
瀬戸内ならではの食材を使った、集いのお料理をご紹介します。
タコの〆方、捌き方、タコ丸ごと美味しい食べ方、そしてタコの知られざる効能、ひっくるめてタコロジーで夏のリカバリーです。

 ●  夏の翡翠スープ
 ●  名残野菜でつくるサラダ
 ●  瀬戸の生タコの刺身&カルパッチョ(←捌き方やります)
 ●  パエリア風タコ飯
 ●  インドのミルクデザート
 ●  カルダモンコーヒー


日時:9月3日(土)、4日(日)、20日(火) 10:30〜

2016年8月2日火曜日

奈良漬け




何年か前に「もう作らないから」と、奈良漬け名人の叔母からもらったノートがある。
奈良漬け名人になる前の叔母が、名人から習った時の、漬物日記のようなメモ。

7月頭に白瓜を、かくかく塩漬けして、しかじか・・・、さらに粕漬けにして云々…あとは「食べたい」、「食べたい」(ココ、「美味しくなれ」と連呼するところか・・)すると、樽に呼び掛けながら、涼しくなるまで数カ月待つ。呼び掛けのくだりは、ワタシの書き込み分ですが、奈良漬けは、なかなかの長丁場なのデス。

この手間暇…作っていると、ただ者ではない食べものである感が増してきた。
ちょっとネット検索してみると、8世紀、奈良の都 平城京の頃から伝わるお漬け物とあります。上流階級の高級な保存食という位置づけだった様子。
酒粕も、当時はどぶろくのそれ。砂糖も極めて稀少(薬として正倉院に納められていた!)な時代だから、麹で甘さを出し何度も漬け直して作ったに違いない。
む・・・ワタシの夏の自由研究の課題が見つかった(笑)!? 


毎年届く叔母の奈良漬けは本当に美しくて美味しかった(!)。
私がまだ学生時代の頃のことだから、ノートは30年以上も前の内容ということ。
あの頃は、夏の様子も今とはちょっと違っていた気がする…。

叔母から「ノートにある通りに作れば、必ず美味しくできるよ」と言われたけれど、この環境の変化に、何らかの微調整をしたほうがいいかも。

奈良漬けの仕上がりは、下漬けで決まる。
気温が高いので、乳酸発酵がすすむ、すすむ・・・。

この辺が見極めどころかな??

日に当てないように・・・。

さて、日当たりのよいことだけが取り柄の我が家。
樽を抱えて、右往左往したあげく、しばし北東の玄関先に鎮座していただくことに。

日数は足りないけれど、白カビの感じをみて下漬けを切り上げ、本漬けに入った次第。

ドキドキ・・・・。


先日、秋を待たずして、一緒に漬け込んだ胡瓜を引っこ出して食べてみました。
まだ漬かりが浅く色も薄いですが、十分に味が滲みて美味しく頂ける美味しい一品にしあがっているではありませんか!!

ドキドキがワクワクに代わり、この日の晩ご飯、手抜き料理と炊きたてごはんに奈良漬けを添え…いや、奈良漬けに、手抜き料理と炊きたてごはんを添え、どや顔で供すこととあいなりました。

   奈良漬けや 手抜き料理とどや顔添えて

   ああ・・・才能ナシ。(夏井先生にボロクソに言われそう)

下手な俳句(?)はどうでもいいけど、「奈良漬け」は、夏の季語なんです。))


この暑さ・・・お盆を前に、食欲が落ちている方もいらっしゃるかも。ここは、漬かり具合の良さそうなのを選って、お世話になっている方に、暑中お見舞い代わりに、奈良漬け第1弾をお届けするとしよう。
ちょっと製作期間が短くて「奈良漬け」と呼んでいいのかはばかられまするが。

奈良時代からのうんちくと、どや顔だけは添えないようにします。





2016年7月31日日曜日

暑中お見舞い申し上げます



夏はスパイス! 夏はカレー!!
・・・と、思っている方、沢山いらっしゃると思います。

スパイスはその殆どが植物の種。命を繋ぐ小さな粒。その分、秘めたパワーが凝縮しているのでしょう。なかなかのインパクト。小さな粒、性質の強いものが多いので、お薬としても密かに活躍しています。
昨今、スパイスがふんだんに使われるカレーが「薬膳」と呼ばれることもありますが、強いもの程、取り扱い注意。
季節折々のスパイスとの上手なお付き合いも織り交ぜながら、これからも教室を展開していきます。

この夏も、どうかお元気でお過ごし下さい。


2016年7月30日土曜日

山椒



土用の丑の日は、鰻。
ついでにしじみの赤だしも付けたい。
タコと胡瓜の膾が付けば、鬼に金棒。

そして、鰻には・・・香り高い山椒が・・・欲しい(!)。

京都のぢんとらで、五月の終わりに買った山椒を、ゴリゴリすり潰して鰻に。

夏バテしない気がする香りです。



2016年7月13日水曜日

『バベットの晩餐会』(2)料理編

晩餐会の料理は、食材の買い付けからはじまります。
パリで手配し、運び込まれた「食材」には、生きたままの鶉や、牛の頭、鶏のもみじ(足先)、キャビアにチーズ、ワイン等々・・・。そして、極めつけが、生きたままのウミガメ(!)。今ではワシントン条約で取引禁止になっていますが、この頃はまだ「食材」でもあったのですね(!)。
ルター派の村人たちには(でなくても?)、度肝を抜かれる食材ばかりで、バベットの料理の仕込みが「魔女の仕業」に見えたのも無理からぬことです。

さて、晩餐会の料理内容は下記のとおり。

   ○ウミガメのスープ

   ○キャビアのドミドフ風 ブリニ添え

   ○鶉のパイ詰め石棺風 フォアグラ詰め トリュフソース

   ○季節のサラダ

   ○チーズの盛り合わせ

   ○ラム酒風味のサヴァラン フルーツのコンフィ添え

   ○フルーツの盛り合わせ

   ○コーヒー


 実は意外にシンプル。

でも、火元は薪木が燃料のオーブン、調理器具も殆どが木と陶器、食材は、「生き物」をシメるところから、水も井戸水を汲んで瓶に溜め込んで利用・・・といったあの当時の台所事情を考えると、レストランと同じ料理を、ひとりで作るのですから、大変な労力と時間が使われたことは想像に難くないところです。
一連の超アナログな台所事情を観るのも、密かに面白いポイントかもしれません。
調理道具としての陶器や匙等々、これぞホンモノの「民芸」です。

そうそう、晩餐会のお料理に使われる食器は、バベットがパリから買ってきたものとお見受けしました。
姉妹の家には、グレイの陶器のお皿が壁に掛かっています(ティータイムなどのシーンで出てきますので、ご留意ください)が、それではなく、絵柄のついた磁器が使われていました。


改めて、映画を観た後で、30年前には気に留めなかったところがいろいろ見つかりました。

バベットはシェフでしたので、自らワインを選ぶことは無かったはずですが、彼女はお酒もいろいろ買い付けてきています。

晩餐会で出されたアルコールは。。。。

  食前酒 ○アモンティリャード(ミディアムドライのシェリー酒)

  最初のお酒 ○1860年のブーブクリコ(シャンパン)

  ワイン ○1845年のクロ・ブジョ(ブルゴーニュの赤ワイン) 

  食後酒 ○ハイン フィーヌ・シャンパーニュ(コニャック・ブランデー)

シェリー酒の年代も知りたいところです。

ん!? 1860年のシャンパーニュを1886年に・・・!??
そのシャンパン、もう枯れてますがな。シャンパンは、そんなに長期保存出来ないはずです。どんなにガンバッテも、美味しくいただけるのは5年〜10年までではないかと・・・。クロ・ブジョは、41年モノ。これもヘタすると枯れていそうなくらいのビンテージですがな。ちょっとやり過ぎな気もしますが、19世紀最高のヴィンテージとかなんとか(?)、"最高級"を表現する為の何らかのこだわりがあったのでしょうか??

・・・とまあ、こんな具合にお酒については、少々突っ込みどころがアリマス。

そういうところからしても、この映画はやっぱり料理がテーマではないと思うのです。

バベットの粋なお金の使い方、運命と決断。世の盛衰を目の当たりにしてきたバベットだからこそ出来たことかも知れません。そして何より「芸術は人々の心を解き放つ」ということを最もシンプルに可視化したラストの食事シーン。
こんなところが、この映画の味わいかと思いますが、いかがでしょうか?





2016年7月12日火曜日

『バベットの晩餐会』 (1)

Babette's Feast

http://mermaidfilms.co.jp/babettes/

1987年公開の映画が、デジタル・リマスター版で、八丁座で公開です(7/16〜)♪


晩餐会のシーンが映画の3分の1。だからお料理がテーマのような印象ですが、俯瞰してみると、ちょっと違った印象に。
30年前にご覧になった方なら今回は是非、その時代背景と人物のバックグラウンドに思いを巡らせ、この映画の奥行きもお楽しみいただきたいところです。

映画の舞台は、デンマーク・ユトランド半島海辺の小さな集落。この集落がルター派の信者であること、実は大切なポイントです。1871年、この集落に一通の紹介状を持ってパリから逃亡してきたバベットが牧師の姉妹の家を訪れ、女中として暮らすことになります。
バベットが、何から「逃亡」したのかもポイント。

映画では、その35年前1936年のことが回想的に描かれます。
小さな集落にきた一人目のフランス人オペラ歌手。牧師が「あなたはカトリックか?」と尋ねるシーンがあります。そして二人目のフランス人がバベット。
映画のクライマックスとなる晩餐は、それから14年後(1985年)。ヨーロッパの端っこで坦々と質素ながら平穏に暮らしてきたバベットに、なんとパリの宝くじが当たります。バベットは、そのお金を使って、老いて気むずかしくなってきた村人達の為に晩餐会のお料理を振るまうことに・・・。

時代は、フランス革命(1789年)から約100年後。フランスでは革命以降もずーっと王政と人民による政治との興亡が続いた時代です。(100年掛かりで成し遂げた革命といえるのかもしれませんが…。)
フランス革命後の革命軍自治体による政治が上手くいかず、ナポレオンが出て、それも10年で失脚。再び王政(ルイ18世)が復古し、やがて七月革命(1830年)でブルジョワ王政・・・そんな頃、オペラ歌手パパン、ストックホルム公演後、村で療養(1836年)。牧師の姉妹と出会っています。

その後、二月革命、第二共和制、ヨーロッパの民族独立運動、自由主義が高揚、ナポレオン3世の第二帝政時代に入ります。(1852〜1872年)

この頃のフランスは・・・

    英仏通商協定締結(1860年)  民主主義と専制主義の同居状態。
   ---ジョルジュ・オスマンによるパリ改造 大区画整備が始まります。
   ---フランスの産業革命
   ---1862年  ビクトル・ユーゴーが『レ・ミゼラブル』を書き上げます。
   ---1867年 深刻な恐慌 ストライキ、賃金闘争多発→反政府運動へ発展 
        ひどい食糧不足
   ---1870年 7月 普仏戦争
   ---1871年 3月 パリ・コミューン 
        =パリ市民と労働者の蜂起により樹立した社会主義革命政権。
        バベット、パリ・コミューンに加わる。
   ---1871 年 5月 プロイセン軍に正式に降伏。     
        ---9月 フランスの主要都市でコミューンが結成されるが
                                 短期間で鎮圧される。
    1871 年 バベット、パリからデンマークへ逃亡。姉妹の家を訪ねる。
   ---1872年    第三共和制
    |
    |
 1886年、晩餐会。 


激動の時代の、華々しいフランス・パリと、デンマークの寒村、カトリックとプロテスタントの対比も興味深い。

バベットは、王侯貴族や高級軍人、芸術家たちを顧客にもつパリの高級レストラン、カフェ・アングレの料理長でした。一世を風靡したオペラ歌手のパパンやスウェーデン将軍には、ここで出会っているのです。

でもその後、彼女はパリ・コミューンの一員として市民側で戦ったということが、冒頭のパパンからの手紙にある「夫も子供も殺され、彼女も処刑されそうになった」というところから分かります。
『レ・ミゼラブル』にあるような状況下で「ラ・マルセイエーズ」を高らかに歌いながら、革命側に加わっていたのかも知れません。

この映画のメッセージとは何なのか・・・を考えるのはきっと野暮。
強いて言うなら「C'est  La Vie. /  セ・ラ・ヴィ」〜「これも人生」ということか。
ローレンス・レーヴェンイェルム将軍、アシーユ・パパンと姉妹の運命のいたずら。バベットの数奇な人生。
生きていることは矛盾だらけで、判断の善し悪し、幸不幸では語りきれない。でも、バベットは、この先もこの村で生きることを選んだ。

最後の、バベットのセリフ、「貧しい芸術家などいません」。
これはこの映画監督自身の声のような気もしてきます。
バベットは、料理人である自らを芸術家と評しています。芸術家は、作品によって人の心を解き放つ。それができる限り「豊か」であると。村人たちの質素な暮らしぶりの中にも、それぞれに異なる豊かさの有り様を見出していたのかもしれません。

クライマックスで描かれるのは、人々が美味しい料理とお酒を頂くに従って、心解き放たれていく様子。ルター派のストイックな教えを反芻しながらも、ご馳走にどうしようもなく動物的本能をくすぶられていく。
和を保ち心穏やかに暮らすための教義に溢れた信仰も、ストイックなだけでは上手くいかない。本能が満たされることも大切。こちらも全く沢山の矛盾を抱えておりますねえ)))。

晩餐会で出たお料理とお酒のお話は、次回に♪





2016年7月5日火曜日

『ノーマ、世界を変える料理』


  写真:http://www.fashionsnap.com/news/2016-02-08/noma-movie/gallery/より


『ノーマ、世界を変える料理』(於・シネツイン)観に行きました。

ノーマという北欧デンマーク・コペンハーゲンにあるレストランのドキュメンタリー映画。
多くの人の最初のインパクトは「北欧が世界一!?」ではないかと思います。
私も然り。だって、北国のイメージは・・・長い冬・・白夜・・・& 保存食?
しかも、北欧の食材だけで構成させることをテーマに掲げているレストランだという。

正直言うと、映画のチラシやポスターにあるお料理の画像から「私の好みじゃないかな」というのが第一印象だったのでアリマス。
工作のようなお料理。温かいの? 美味しいの?? 食べにくそう。
ハーブやお花をそこかしこにあしらったプレートには、和食の皿に取り入れられた季節を演出するための切り取られた自然とは異質のモノを感じましたし、★星の格下げに自殺するシェフまで出る現代の料理界の頂点を目指すお話でしょ・・・と。

カリスマシェフ、レネ・レゼビ。

   野心家かな? 
   前衛的な趣向を持つ料理人かな??
   ミシュランの世界、ちょっと覗いて見るか。

そんな気持ちで臨んだ映画鑑賞でした。

ピンセットで盛りつけされるエクスペリメンタルな料理シーンが続きます。

   お料理もここまできたのね。
   こうやってみると、日本の盛り箸って優れモノね。

ナレーション代わりに、4年掛かりの取材から引き出したシェフの名言が続きます。

   "味は場所と密接に結びついている"
   "節度ある量を消費する”
   ”美味しいと感じるのは、自分と繋がることが出来るものがあるからだ”

レネは、マケドニア人(旧ユーゴスラビア構成のひとつ)ムスリムの移民です。
これはなかなかの逆境なのでは??とも思いましたが、村の人達や家族の中での垣根のない温もりの中で生きてきた彼のルーツであり、風土や文化の違いも、身を持って知っているというということかもしれません。異文化に過剰反応する人々や差別はものともしない逞しさは、そんなところに支えられているような。いや、それらが彼の負けん気で冒険的精神を培ってきたのかも知れません。

食材への思い、シェフの理念がf-word (f○○k'in...という言葉)と共に雄弁に語られます。
なかなかヤンチャなシェフであります。

その勝気さヤンチャぶりは、スタッフを鼓舞するミシュラン授賞式でのスピーチに凝縮されています。

レネの口から発せられた言葉。
   "micro seasons"
   "perfect storm"

北欧バージョンの二十四節気七十二候をレネがロックに表現する!

・・・なーんちゃって。

perfect storm は、オバマさんのスピーチにも使われた言葉ですが、決して大きくはない事象が重なり重篤な状況になることを象徴する言葉で、perfectが逆説的な意味で使われています。

連打される言葉の数々の中にも、レネの勝気さと繊細さが感じ取れます。

自然も民族色も豊かなマケドニアから、厳しさ半端無い北欧に移り来たレネの、更なる挑戦状のようにも見えまする。

   "三つ星よりも三人の子供に恵まれたことの方が、僕には価値がある"

   “世界一を投票で選ぶということ自体、ナンセンス。世界一の色を決めるのと同じ事だ。今年の世界一は、黄色です! 今年は赤が多数票を獲得!といっているのと同じこと。"

なかなか上手いことおっしゃいます。


このレベルの競争世界については全く疎い私のつたない感想だけではあまりに申し訳ないので、最後に
業界の要人によるコメントで気に入ったものを少し抜粋して終わりにします。


   "パンクなスピリッツで野趣と革新とエレガントが同居する料理を創作するレネ・レゼピ。" - - - - 南馬越一義(BEAMS創造研究所)

    "Artの許されぬことは、すでにあるものの繰り返し、と「模倣」。 命育むCuisineの許されぬことは「リスク」。" - - - - 土井善晴(料理研究家)



それにしても、海と空が一体となった嵐の映像、北欧の自然、綺麗だったなー)))。


シネツインでは、間もなく『バベットの晩餐』(1987年)も上映です。
19世紀のデンマーク、油とランド半島の物語。
レネのレストランがあるのは150年前はこんなところだった・・・!と思って見て頂くと、一層感慨深いものがあるかもしれません。



2016年6月12日日曜日

『最高の花婿』

http://www.cetera.co.jp/hanamuko/introduction.html

この映画、予告編を見るだけで、ワクワクしました。

ハッピーエンドなフランス映画。
しかも、大いに笑える。
移民大国フランスの今を凝縮したような一家のお話ですが、容赦ないブラックジョークのぶつけ合いには、もう笑うしかない。

実はジョークの数ほどある社会問題・・・ということなんだけど。


4人姉妹のお婿さん、在仏アラブ人、在仏ユダヤ人、在仏中国人、そして最後、やっと両親と同じカトリックのお婿さんかと思えば、コートジボアール人!!・・・というオチ。

こんな家族がクリスマスに集合すると、何食べるのか??

フランス人のお母様、遂に北京ダック風、ハラール、コーシャ3つのターキーを焼くことに。

敵対する相手ととことん論破し合い、やがてお互いの違いを認め楽しめるようになっていく過程は、膝を叩きたくなるような心地よさ。「あるある」なエピソードをひとつの家族に盛り込む強引さも気にならなくなる面白さです。




2016年6月11日土曜日

「おいしいものは複雑ではない」



或る本のオビにあった言葉。
ホント、同感です・・・!
シンプルなものは、ごまかせないからこそ、美味しく作る。

素材の美味しさを一層美味しく。


人生下半期はコレで行きたい。
シンプルなものを美味しく作れるヒトになりたいな〜。


ウソの無い仕事 = 美味しいもの





丁度焼きたて。ブーランジェリーヒロさんのマドレーヌ。
コレもシンプル極まる素朴な美味しさでした。

2016年6月5日日曜日

7月の健美膳




夏本場に備え、恒例「タレで乗り切る」企画。

今年はカレーオイル作りと、便利なドレッシングでお魚料理。
脾胃を補い食欲増進、除湿の豆料理と共に。


【内容】
   ●カレーオイル作り
      カレーオイルで作る炒土豆絲
 
   ●風沙パウダー作り
                      魚のムニエルで
      ズッキーニソテーで

    ●特製ドレッシング作り
      レンズ豆のサラダ
      キャロットサラダ

    ●除湿&補気スープ

    ●バケット

    ●涼菓と涼茶 

    ★中国式清熱解毒の苦茶体験

【日時】2016年 7月2日(土)、3日(日)

2016年5月31日火曜日

アヴィニョンの橋の上で・・・♪  





Sur le pont d'Avignon

アヴィニョンの橋の上で 踊ろう 踊ろう

アヴィニョンの橋の上で 踊ろう 輪になって

・・・

古いフランス民謡。
アヴィニョンの橋とは、ローヌ河に掛かるサン・ベネゼ橋のこと。12世紀頃作られた橋だそうだから、この民謡はそれより後にできたということになるでしょうか。

10年ぐらい前ですが、訪れてみたら、とても輪になって踊れるような広い橋ではなかった(笑)。一節には、元々の歌詞は「橋の下で」だったとも??


アヴィニョンで衝動買いしたお皿とカップには、そんな歌をイメージしてか、中世の洋装(?)で踊る女の人の絵が。深緑とエンジ、ベージュの色調に、南仏らしいエキゾチック感が漂う。

その数年後、偶然にも今は無き敬愛するHさんのお宅で、同じシリーズのデミダスを見つけました。「記念にコレクションのデミダスカップからどれかひとつをあげましょう」というので、この図柄のものをおねだりしたのだけれど、Hさん「あ・・コレ実は思い入れがあるの」とかで、頂けず。しかしながら、同じシリーズを衝動買いしていたことに大いに盛り上がり、旅の思い出に話が弾んだのでした。

フラットな土地をゆったりと流れるローヌ河と周囲の緑は、昔のままではと錯覚させられるようなのんびりとした空気感だった・・その中をドライブした・・・等々。

この図柄とHさんと南仏の記憶。
南仏のお菓子にも惹かれる理由(わけ)かもしれません。



2016年5月29日日曜日

ぐり茶  玉緑茶


写真1:嬉野玉緑茶(佐賀)

写真2:グリ茶(熊本)


ちょっと遅ればせながら、今年のお茶を買いました。
ここ数年、恒例となっているのが「釜炒り玉緑茶」。

茶葉を蒸さずに釜で炒り、さらに茶葉を揉んで整える行程(製揉)なしで作られるので、くりっと丸まった自然な形に。その形からぐり茶と、愛称めいた呼び方もあるそうな。
釜炒りの、ほのかな香ばしさ、製揉しないことで押さえられた渋み。
この時期の新茶でいただくのが一番な気がして、毎年新茶はコレをいただいています。

中国から伝わった製法の「炒る」という行程が九州に根強くのこっているのは興味深いことです。
世界で最初に飲まれた日本のお茶。
なんと戦前はソヴィエトに輸出していたというから驚きです。1991年、ソヴィエトが崩壊して二十数年、今再び世界的な日本食ブームもあってか今までになく関心が高まっているのだとか。どんな飲まれ方をしているのかと想像すると、ちょっとヒヤヒヤしてきますが(苦笑)。
ロシアのお茶文化に言及した書物はなかなか無いのですが・・・この絵画は、20世紀初頭、ロシア商人のご夫人がお茶を飲んでいるところ。
『商人の妻』/ポリス・クストーディエフ(1918年)---『TEA  EAST AND WEST』より
向かって左のサモワールも気になりますが、何と言ってもカップではなくサーバー(お皿)側で飲んでいるのが印象的(!)。決して、このご婦人が猫舌だったという訳でも、右の猫にお茶を飲ませようとしているわけでもなく、こういう呑まれ方をしていた時期が(イギリスの片田舎にも!)あったのでした。 

ロシアンティーといえば、ジャムを入れる飲み方で有名ですが、一般に、お茶は甘くして飲むのが主流なんだとか。モンゴル等の影響か一部バターやミルクを加えてスープ的にバター茶にする飲み方もあるとか。(ロシアには陸路でお茶が入ってきたのが最初です。)
ロシアンティー今昔物語にはちょっと度肝を抜かれました。
外来品は、時としてとんでもない形で使われていたりするのでビックリですが、その地域の生活文化や民族的な感受性が滲み出ていて面白くもあります。

こんなロシアのお茶文化を見ると、日本は中国から伝わったお茶を、かくも上手に自分のスタイルに変えたものだと感心します。
日本のオリジナリティーを兼ね備えた新しいお茶が、再び世界へ広がっているかと思うと、なんだか感無量。食文化としての枠を越え、アートの域へと変わったお茶文化の美意識も、併せて知ってもらえるといいな。


さて、今年は熊本支援の気持ちも込めて、熊本のぐり茶【写真2】も一緒に購入。
双方とも、香ばしいきな粉や気取らない豆菓子といただくのにぴったり。
大きめのお湯のみで、縁側でずずずーーっと啜りたいお茶。
縁側も、炒り豆もないので、川通餅などつまんでいただきましょ。